■同時代人やキャラも分析「心の風景」

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2016年7月11日 (月)配信共同通信社

 病跡学という学問をご存じだろうか。歴史上「天才」とされる人物の内面を精神病理学的に分析し、その創作や活動との関係を知ろうとする研究。ドストエフスキーとてんかん、夏目漱石と神経症などのエピソードがよく知られ、日本で特に盛んな分野だ。このほど筑波大学(茨城県つくば市)で行われた第63回日本病跡学会総会で、最新動向を取材した。

 総会のテーマは「サルトジェニック(健康生成的)な病跡学へ向けて」。引きこもり問題の第一人者であり、さまざまな評論活動でも知られる、精神科医の斎藤環・筑波大教授が会長を務めた。

 米国の健康社会学者アーロン・アントノフスキーが提唱した「健康生成論」は、病気の原因を探るという従来の医学に対して、健康になる要因を解明し強化するという考え方だ。斎藤さんはこれらの変化を「医療におけるパラダイムシフト」と呼び、病跡学にもその視点を取り入れることが可能だとする。

 「天才はある意味で、ものすごい逆境をサバイバルした人。その分析を通じて、われわれの健康に資する点があるのではないか」。学会ではたとえば、スターリニズム下で批判にされながら、その都度、名誉回復を果たした作曲家ショスタコービッチの例が取り上げられた。体制・反体制といった首尾一貫性にこだわらず、音楽の多様性によって時代を乗り切ったという分析だ。

 実際に活動している27人の芸術家にロールシャッハテストを施し、その特徴から自我機能を分析した報告も注目を集めた。それによると「芸術家は現実との関係を自ら引き離し、想像世界に没頭できるが、また現実に戻ることができる『自我の弾力性』を持つ」という。芸術家は「夢の世界に遊べる子どもっぽさを持つ」というイメージがあるが、それが実験によって示されたといえる。

 従来の病跡学が分析の対象としていた「歴史上に実在した著名な故人」という縛りが、ゆるやかになってきているのも特徴だという。学会では、医学生や研修医に精神症状を説明する際に、人気漫画のキャラクターを用いる実践例が報告された。「ONE PIECE(ワンピース)」の主人公が発達障害だったり、「NARUTO—ナルト—」がトラウマ(心的外傷)やスティグマ(社会的烙印(らくいん))からの回復の物語だったりするので、非常に分かりやすい媒介になるという。逆に言えば精神的な問題を抱えたキャラクターが好んで描かれ、読まれる時代だということでもある。

 特別講演に登壇したのは作家、建築家、画家、ミュージシャン、ダンサーなど多くの肩書を持ち、各界から注目される表現者、坂口恭平さん。「坂口恭平躁鬱(そううつ)日記」という著書もある同氏は、双極性障害であることを公表している当事者でもある。病跡学の分析の対象が、まさにそこに現れた形だ。

 「今朝やっと鬱があけた」という坂口さんは、鬱期にひたすら原稿を書き続けることや、鬱が開けきる瞬間に曲が生まれること、世の中から自殺をなくすことが夢であること、そして「死ななきゃなんでもいい」という妻の言葉に支えられていることなどを饒舌(じょうぜつ)に語った。ギターの弾き語りも交えた異例の講演は、めまぐるしく話題が移り変わり、まさに天才のひらめきを目の当たりにするかのようだった。

 「躁鬱の人は従来、循環気質といって同じ様式を繰り返すとされるが、坂口さんの場合は次々と定型からはみ出していく」と斎藤教授。天才像もまた、時代と共に移り変わるのかもしれない。(共同通信編集委員 岩川洋成)

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 いわゆる「天才」への関心は古くからあり、20世紀初頭に生まれた病跡学(パトグラフィー)も天才研究に源流がある。何らかの精神障害を病んだ天才の病理と創造性との関係を論じる狭義の病跡学から、現代では逆に天才の健康や、周囲との人間関係、生きた時代との関係など、分析の対象が広がっている。

資料 TMSジャパン
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